山口地方裁判所 昭和34年(ワ)250号 判決 1963年2月28日
判 決
原告
田中十三
右訴訟代理人弁護士
渡辺昇治
被告
山陽プラスチック工業所こと
宮本包槌
右訴訟代理人弁護士
小河虎彦
同
小河正儀
右当事者間の頭書の事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し別紙説明書並びに図面に記載する製造方法により合成浮子を製造、販売拡布してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、
一原告は昭和三〇年六月二四日特許庁に対し、合成浮子製造方法の発明について特許出願し、昭和三二年四月一一日公告ののち、昭和三四年四月八日右特許の登録(登録番号第二五一二五九号)を受け(以下本件特許権という。)、その特許権者となつたものである。
二しかして本件特許権の権利範囲は、「完全熱処理前の製造工程において発泡剤を混入せざる合成樹脂又はゴム原料(以下右原料をBダウという。)を金型の一部又は全面に所要の厚さに塗布し、その内部に発泡剤を混入した合成樹脂又はゴム(以下右原料もAダウという。)の適量を充填して加圧加熱し、或は発泡剤を混入した原料の表面を発泡剤を混入しない原料で包被して型内で加圧加熱し、両原料を融合一体化して型より取出し、次にこれを第二次加熱操作により所要形状に膨出させることを特徴とする合成浮子の製造法」である。
三原告は訴外株式会社気泡材研究所(その代表取締役は原告)に対し右特許権の実施権を設定し、同訴外会社は右実施権に基き合成浮子を製造販売しているものである。
四右発明の目的とするところの一は、浮子の穴口はこれに浮子綱を通して使用する場合、他の部分に比し著しく大なる外力がかゝるためにこの部分より破損することが多い。このような破損防止をするためには、従来の製法による浮子では、全体の密度を増さなければならず、密度を増さんとすれば所要原料を増さなければならない。かくては浮子の生命たる浮力の減退を来し、その具有すべき性能を低下せしめることとなる。本発明はこれらの技術的困難性を克服し、浮子の重量を増すことなくしてその穴口を補強し、以てその性能を著しく向上せしめ且つ生産原価を増加せしめなかつた点にその要点を存するものである。
五被告はプラスチック工業所を経営するものであるが、別紙「被告の合成浮子製造方法」記載の方法(以下被告の方法という。)により合成浮子を製造販売しているものである。
六しかし右被告の方法は、
(1) 合成浮子の本体を構成する部分と浮子綱を通す穴口を構成する部分の原料をそれぞれA′ダウ、B′ダウの二種類に分けていること、
(2) A′ダウを金型に充填し、B′ダウを心棒の両端に巻きつけ、両者を合体してボルト締めをなした上、加圧加熱すること、
(3) 次にこれを第二次加熱操作により所要形状に膨張させることの各点において本件特許権の方法と軌を一にし只両者は、本件特許権にあつてはB′ダウに該当するB′ダウに発泡剤を混入しないのに対し、被告の方法においてはB′ダウに発泡剤を〇、一ないし一、五%混入する点において相異するのみである。
而して、右の如き極少量の発泡剤の混入は、本件特許発明の技術的課題たるA′ダウとB′ダウとの熱接着による穴口補強という目的を達成する上において、これを混入しない場合との間に何等本質的な差異をもたらさないものである。換言すれば右目的達成のために奏する効果作用の点において右混入は何物をも附加するところがないのである。
従つて被告の方法は原告の特許権の権利範囲に属するか、然らざれば原告の特許発明を利用することなくしては実施できないものである。
七仮りに現在被告が右浮子を製造していないとしても、最近までこれを製造していたものであり、現在も被告が代表者である有限会社山陽プラスチック工業所においてこれを製造しているのであるから、なお、特許法第一〇〇条一項にいわゆる特許権を侵害するおそれがある場合に該当する。
よつて被告に対し、本件特許権に基きその侵害の排除を求めるためないし、侵害の予防のため本訴に及ぶものである。と述べ(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
一請求原因一・二・五の事実は認めるが、六及び七の事実は争う。
二被告製造にかゝる合成浮子は請求原因五、記載のようにA′ダウより少量とはいえ、発泡剤を混入した材料と、通常に発泡剤を混入した材料とを熱接着せしめて製造されるものであり、本件特許の権利範囲記載の如く、発泡剤を全然混入しない材料と通常に発泡剤を混入した材料とを熱接着する方法ではない。
三なお、被告は合成浮子の製造方法につき昭和三四年五月二五日特許庁に対し特許出願し、昭和三六年五月二九日出願公告ののち同年八月二九日特許査定を受けた。
右出願公告並びに査定にかゝる発明の権利範囲は、「発泡本体とは逆に、低粘度、低比率の発泡剤を有するプラスチゾルを心棒の周囲にデイツブ法により半ゲル化固着し、その両端を高粘度低比率の発泡剤を有するプラスチゾルにて鼓形に成形した部分を熱処理した補強素材を、発泡剤を有する本件と第一次熱処理中にて熱接着し、第二次熱処理において所望の形状に膨張せしめる穴補強を目的とした丸型、箇形合成浮子の製造法」である。(以下右製造方法を「被告の特許出願の方法」という。)
四而して被告の方法並びに被告の特許発明の、技術的課題とするところは、いずれも浮子の穴口を補強する場合、発泡絶無のものを以て補強する方法に存在する、第二次加熱処理時における、穴口部分とスポンヂ本体との不完全接着及びこれによる製品の割れ、縮少歪曲等の発生という技術的欠陥の克服にあり、研究の結果、B′ダウにも前記分量の発泡剤を混入することによりこの課題を解決したのである。
五原告主張の熱接着法、製造工程の内容、穴口補強の構想はいずれも従前公知の事実であつて、これらは本件特許権の権利範囲に属せず、従つてその権利範囲は、只発泡剤を含む材料とこれを含まない材料を用いて合成浮子を製造するという点に限られるべきものである。
以上の次第で被告の方法は本件特許権の権利範囲に属しないから本訴は失当である。
六仮りに被告の方法による合成浮子の製造方法が本件特許権の権利範囲に属するとしても、被告は本件特許出願にかゝる発明の内容を知らないで昭和二九年九月山陽プラスチック工業所を創業して被告の方法による合成浮子の製造方法を発明し、当時その製造の準備を始め、昭和三〇年以降右製品を製造販売して現在に至つている。従つて、被告は本件特許権につき先使用による通常実施権を有するから、原告は被告に対し本訴差止請求権を有しない。
と述べ(立証省略)た。
理由
請求原因一・二・五記載の各事実は当事者間に争がなく、同三の事実は被告の明らかに争わないところであるから、自白したものと看做される。
而して右三の事実によるも、原告が訴外会社に対し設定した実施権が、範囲無制限の専用実施権であるか否かは明らかでない。しかし、たとえそれが範囲無制限の専用実施権であるとしても、原告が特許法一〇〇条に基く差止請求権を有することに変りはないと解される。けだし同条及び同法七七条の明文上、特許権者が第三者に対し専用実施権を設定することによつて特許権に基く差止請求権を失うものとは解し難いのみならず、特許権者の専用実施権を設定する関係は、恰かも所有者が所有物を第三者に使用収益せしめる場合の関係に等しく、あくまでも制限的権利の設定に他ならず、右の場合特許権者が差止請求権を失わないのは所有権者が物上請求権を失わないのと同様であると解されるからである。
よつて被告の方法による浮子の製造が本件特許権の権利範囲に属するか否かについて判断する。
本件特許発明と被告の方法を対比してみると、
1 両者はスポンヂ体を本体とし、これに補強部を結合せしめた合成浮子の製造方法であることにおいて軌を一にする。
2 本件特許のいずれも第一工程である。
(1)(イ) Bダウを金型の一部又は全面に所要の厚さに塗布し、その内部にAダウの適量を充填し、
(ロ) 加圧加熱し両原料を融合一本化して型より取り出すこと、
若しくは、
(2)(イ) Aダウの表面をBダウで包被して、
(ロ) 型内で加圧加熱し、両原料を融合一本化して型より取り出すこと、
の各方法(右(1)(2)の方法は成立に争のない甲第一号証(本件特許公報)の明細書の記載から見て均等方法であると解される)は、被告の方法の第一工程である、
(1)(イ) A′ダウを金型に充填すると同時にB′ダウを心棒の両端に巻きつけこれを前記金型に挿入し、
(ロ) 両者を合体してボルト締めを施し、加熱槽に浸し、一定時間一定温度に加圧加熱した後、これを水槽にて冷却し型開きをなし、内容物を取出すこと、に相当する技術的思想であり、
3 本件特許の第二次工程である。
第二次加熱操作により所要形状に膨出させること、
は、被告の方法の第二次工程である、
右取り出した内容物を湯槽中において一定温度で一定時間加熱し、所要の大きさに膨張させること、
に相当する技術的思想である。
以上の両者の相当する工程について考えるに、被告の方法のB′ダウに配合される原料の点は暫らく措き、その他の技術的思想は、本件特許の発明思想と同一であると認められる。
よつて進んで被告の方法による浮子の補強部に用いられるB′ダウには〇、五%ないし一、五%の発泡剤が混入されているのに対し、本件特許発明による浮子の補強部に用いられるBダウにはこれを混入していない点について考えるに、右相異の存在は発明の構成要件の相異にほかならないから、その技術的効果も一応相異を来すものと考えられるところ、これにつき原告は、B′ダウに混入されている如き極少量の発泡剤を以てしては本件特許発明の技術的課題たる、浮子穴口補強のためAB両ダウを熱接着するという技術的効果に何らの影響をも与えない無用のものであると主張する。
よつて審理するに(証拠―省略)を綜合すると、
1 塩化ビニールレヂンの、発泡剤の混和量の異なる二種のものを熱接着できるか否かは、この種発明の技術分野における通常の知識を有する者にとつても必ずしも明らかでないこと、
2 被告のB′ダウにおいて使用される発泡剤の量の一、五%はスポンヂ製造可能な量であり、且つ被告の実施例における原料配合の下においてB′ダウに右分量の発泡剤を混入することにより、前記加熱処理時における本体スポンヂ部と補強部との剥離並びに製品の亀裂等を防止する効果を奏すること、
を認めることができる。(中略)
以上の次第で本件特許の、「発泡剤を混入しない合成樹脂又はゴム原料」という構成要件には被告の方法のB′ダウに示される配合物が包含されるものとは解せられず、従つて被告の方法は本件特許権の権利範囲に属し、又はこれを利用するものとは認められないものといわなければならない。
よつて本訴請求を失当として棄却し、民訴法第八九条を適用して主文のように判決する。
山口地方裁判所
裁判官 井野口 勤
被告の合成浮子製造方法
別紙図面に示す合成浮子の製造方法、
塩化ビニールに適当の可塑剤、安定剤、着色剤、発泡剤増量剤を混入し混和機の中で混和しペースト状とした原料(以下これをA′ダウという。)を金型に充填すると同時に、塩化ビニールに適当の可塑剤、安定剤、着色剤、増量剤及び発泡剤〇、一ないし一、五パーセントを混入して混和しペースト状とした原料(以下これをB′ダウという。)を心棒の両端に巻きつけこれを前記金型に挿入し、両者を合体してボルト締を施し、加熱槽に浸し、一定時間一定温度に加圧加熱した後、これを水槽にて冷却し型開きをなし、内容物を取出し、次いでこれを湯槽中において、一定温度で一定時間加熱し、所要の大きさに膨張させる工程からなる合成浮子の製造方法。
被告製造にかかる合成浮子の断面図
A′は浮子の本体を示し、発泡剤を混入した塩化ビニールから成る
B′は穴口補強部を示し、発泡剤を〇・一ないし一・五%混入した塩化ビニールから成る。